佐竹 保治郎(さたけ やすじろう、1883年(明治16年)5月25日 - 1955年(昭和30年)1月20日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
経歴
1883年(明治16年)に東京府で生まれた。陸軍士官学校第18期、東京帝国大学建築学科卒業。1930年(昭和5年)8月1日、陸軍工兵大佐進級と同時に工兵第7大隊長に就任し、1932年(昭和7年)6月に陸地測量部三角科長、1933年(昭和8年)8月に陸軍築城部部員を歴任した。
1935年(昭和10年)3月15日に陸軍少将に進級し、澎湖島要塞司令官に着任。1936年(昭和11年)3月に陸軍築城部本部長に転じ、1938年(昭和18年)3月に陸軍中将に進級し、1939年(昭和14年)3月9日に待命、3月22日に予備役に編入された。1945年(昭和20年)3月1日に召集され、第10方面軍司令部附となった。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた。
脚注
参考文献
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。



