改元
- 寛延4年10月27日(グレゴリオ暦1751年12月14日) 改元。前年の桜町上皇の崩御、この年の大御所徳川吉宗の薨去、そしてその間に発生した地震のためともみられる。
- 宝暦14年6月2日(グレゴリオ暦1764年6月30日) 明和に改元
公式には上皇と大御所の逝去を理由にしているものの、実際には凶作や地震を理由とした災異改元の要素があった。実際、天保改元の際には宝暦改元を前例として災異改元を行っている。
出典
- 『貞観政要』の「及恭承宝暦、寅奉帝図、垂拱無為、氛埃靖息」から。
宝暦年間の出来事
- 3年 - 籾摺騒動
- 4-5年 - 宝暦治水事件(木曽三川分流工事)
- 4-9年 - 郡上一揆
- 5年 - 宝暦暦発布
- 7年 -「祇園御霊会細記」発刊
- 8年 - 宝暦事件
- 8年 - 土佐藩にて、下級武士が城下にて日傘(筍皮製)を差すことが、隠居した上士や医者、7歳未満の子供以外が浅黄張りの日傘を差すことが、各々禁止される。
- 2月 - 土佐藩にて、用人以下の全ての身分で絹製品の着用が禁止となり、侍身分は木綿製品のみ許可された。
- 10年 - 土佐藩にて、8代藩主山内豊敷によって、下級武士は、5月~8月のみ、城下での日傘の使用が認められる。
- 11年 - 上田騒動
- 13年 - 土佐藩にて、下級武士の下駄の使用が、役場内での勤務時のみ許可されるようになる。
誕生
- 元年 徳川治済
- 8年 松平定信(江戸幕府老中首座)
- 9年 田沼意正(江戸幕府若年寄)
- 12年 水野忠成(江戸幕府老中)
死去
- 元年 大岡忠相(江戸町奉行・寺社奉行、享年75)
- 2年 月光院(7代将軍生母、享年68)
- 6年 海北若冲(国学者、享年76)
- 9年 服部南郭(儒者・画家、享年77)
- 11年 徳川家重(9代将軍、享年51)
西暦との対照表
※は小の月を示す。
脚注
参考文献
- 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』岩田書院、1998年、254-256,274-275頁。ISBN 4-87294-115-2。
- 武市佐市郎『武市佐市郎集 第5巻 風俗事物編』高知市民図書館、1995年3月15日。
関連項目
- 元号一覧 (日本)




