阿頼耶識(あらやしき、梵: ālaya-vijñāna、आलयविज्ञान、蔵: kun gzhi rnam shes)は、瑜伽行派独自の概念であり、個人存在の根本にある、通常は意識されることのない識(viññāṇa)のこととされる。アーラヤ識。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の8つの識の最深層に位置するとされる。

原語と漢訳

「阿頼耶識」は、サンスクリットの ālaya( आलय) の音写と、vijñāna(विज्ञान) の意訳「識」との合成語。

ālaya の語義は、住居・場所の意であって、その場に一切諸法を生ずる種子を内蔵していることから「蔵識」とも訳される。「無没識(むもつしき)」と訳される場合もあるが、これは ālaya の類音語 alaya に由来する異形語である。旧訳では阿羅耶識阿梨耶識(ありやしき)」。また、蔵識(藏識)、無没識(むもつしき)」とも訳し、頼耶識頼耶等と略されることもある。

三種の境

  1. 種子(しゅうじ) 一切有漏無漏の現行法を生じる種子。
  2. 六根(ろっこん) 眼耳鼻舌身意の六根。俗に言う「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」とは、この眼耳鼻舌身意が清浄になるように唱える言葉。
  3. 器界(きかい) 山川草木飲食器具などの一切衆生の依報。

阿頼耶識は、常にこの3種を所縁の境とする。

心に積集、集起の2つの義があって、阿頼耶識は諸法の種子を集め、諸法を生起するので、心という。

  • あるいは心と名づく。種々の法によって、種子を薫習し、積集する所なるが故に。 唯識論3
  • 梵で質多という。これ心と名づくなり。即ち積集の義はこれ心の義。集起の義はこれ心の義なり。能集してもって多くの種子生ずる故に。この識を説いてもって心と為す。唯識述記3末

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 中村元ほか(編)『岩波 仏教辞典』(第二版)岩波書店、2002年10月。 

関連項目

  • 唯識
  • 唯識派
  • 法相宗
  • 三科
  • 五位

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